ケルン集団暴行事件 日本の報道を検証する(1)

 20151231日に発生したケルン中央駅での集団暴行事件について、日本のメディアで流されている情報が酷い。問題の性質上、排外主義者が飛びついてデマを拡散しているが、それに対して主要メディアの報道は不十分、またはそれ自体問題のあるものであり、私が一瞥した範囲ではブログ、ツイッターでもカウンター情報は殆ど見られない。戦争責任問題にしろ、脱原発にしろ日本にとって目の上のたんこぶであるドイツについては、これまでも「全てをナチの責任にした!」、「フランスの原発に依存してる!」などというデマが流されてきたが、今後この件もデマの温床となる可能性が高い。

 

 この事件についてはドイツメディアによるFAQもあり、それを翻訳すれば本来内容的には事たれるのだが、日本語の記事で最もブクマを集めており、レイシストによって盛んに引用されている職業デマゴーグ川口マーン惠美によるドイツの「集団性犯罪」被害届は100件超!それでもなぜメディアは沈黙し続けたのか? タブー化する「難民問題」 | 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 | 現代ビジネス [講談社]を看過するわけには行かない。よってこの記事への批判をベースに各問題点を取り上げる。このマーンの記事はネオナチ、PEGIDA(「西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人」 )支持者に典型的なものである。

 

 詳細に入る前に、この記事の悪質な点は犯人が「難民」であると直接に表現する事を避けながら、読者をそれに誘導している事である。容疑者の中に「難民申請者」が含まれている事はこの記事の時点では判明していない。そもそも彼女自身が「容疑者はまだ一人も上がっていない 」と述べている。だが事件の描写である第1節から、「メディアの沈黙」を間において第3節で「難民問題」を取り上げることで「犯人は難民である」という命題にそれを明言することなく確実に誘導をしている。恐らく彼女は批判に対して私はただ感想を連ねただけでそういう主張はしていないと抗弁するであろう。まさに職業デマゴーグの面目躍如といったところだ。このような「配慮」はこの記事の他の点にも多々見られる。念のためだが、結果として容疑者に難民申請者が含まれていたことはこのような扇動をなんら正当化しない。以下個々の点について述べる。

 

1.1000人の難民が女性を襲った?

 マーン記事によれば(以下特記ない引用はこの記事から)

1000人以上の若い男性が暴徒と化し、大勢で若い女性を囲んでは、性的嫌がらせ、暴行、そして貴重品やスマホの強奪に及んだ。

 この犯罪行為に及んだのが1000人というのは、他の報道にも多く見られる。

 

ドイツ:ケルン暴行事件 難民申請者22人が関与の疑い - 毎日新聞

報道によると、中央駅周辺に集まった約1000人の男が、女性に向けて花火に火をつけたり、性的な嫌がらせをしたりしたという。

東京新聞:ドイツ難民犯罪 試される人道と理性:社説・コラム(TOKYO Web)

目の前にケルン大聖堂を仰ぐ中央駅前の広場で、約千人の男らが暴れ、複数のグループに分かれて女性らに暴行、金品を奪った。

 驚くべき事にBBCの日本語記事ですらご丁寧に誤訳している。大みそかの独ケルン駅集団暴行・窃盗、被害は500件以上に - BBCニュース

調べによると、犯人は約1000人。ケルン中央駅に集合してから少人数のグループに分かれて女性を取り囲んで襲い、所持品を奪ったと言う。

(英語版)“Authorities and witnesses say the attackers were among about 1,000 people, mostly men, who congregated at Cologne's central train station before breaking off into small groups that molested and robbed women.“

 また難民のせい? ドイツの集団性的暴行が大波紋(木村正人) - 個人 - Yahoo!ニュース

によれば

これまで121件の被害届が出され、その4分の3は性的暴行でした。現場には数千人の男が集まっており、16人の容疑者が特定されましたが、誰1人として逮捕されていません。

 だが中央駅前広場に「数千人の男」が集まっていたという情報はない。これらの記事はニュアンス、表現の違いはあっても、1000人に及ぶ男たちが犯行に及んだ事を示唆している。だがその実態は異なる。

 

 独ツァイト紙のFAQ Übergriffe an Silvester: Was geschah in Köln? | ZEIT ONLINE

 によれば

Am Silvesterabend hatten sich auf dem Vorplatz des Hauptbahnhofs etwa 1.000 Menschen versammelt, nach Aussagen der Polizei hauptsächlich junge Männer. Viele seien vom Alkohol enthemmt gewesen und hätten unkontrolliert Feuerwerkskörper abgebrannt. Die Stimmung sei aggressiv gewesen. Aus dieser Menschenmenge heraus seien Frauen umzingelt, angefasst und bestohlen worden.

(訳)大晦日の夜中央駅前の広場に警察の証言によれば若い男性を中心とした約1000人の人々が集まっていた。その多くはアルコールで自制心を失っており無茶苦茶に花火を打ち上げ、攻撃的な雰囲気であった。この群集の中から女性が囲まれて触られ盗まれた。

 

Auch die Zahl der Täter ist unklar. Die Größe der Tätergruppen variierte laut Zeugenaussagen von zwei oder drei bis zu 20 Personen, sagte die Polizei. Auf dem Bahnhofsvorplatz waren laut der Behörde am 1. Januar etwa 1.000 Feiernde. Die Taten wurden laut der Gewerkschaft der Polizei "aus einer mehr als 1.000 Personen umfassenden, stark alkoholisierten Menschenmenge" heraus begangen. Das heißt nicht, dass alle diese Menschen tatverdächtig sind. Wie viele mutmaßliche Täter in der Menge waren, ist unbekannt, sagte der Polizeipräsident am 5. Januar.

(訳)犯人の数も不明である。犯人グループの規模は目撃証言によれば23人から20人に及ぶ。警察によれば元日の駅前広場で約1000人が新年を祝っていた。犯行は警察組合によれば「1000人を超える泥酔した群集」から行われたが、それは彼ら全てが容疑者であるということではない。何人の容疑者がその中にいたかは不明であると15日に警察本部長は述べた。

 また公共放送ARDのFAQ Übergriffe in der Silvesternacht: Was wir über Köln wissen | tagesschau.deでも

Ab etwa 21 Uhr soll sich eine "große Masse an Störern" - etwa 500 Männer - auf dem Bahnhofsvorplatz befunden haben. Sie zündeten Böller und Raketen aufeinander, auf friedliche Besucher und auf Polizisten. Die Gruppe soll innerhalb von zwei Stunden auf etwa 1000 Männer angestiegen sein. Sie bildete, so NRW-Innenminister Ralf Jäger, die Kulisse für die Gewalttaten. Aus dieser großen Masse sollen sich Gewalttäter und Räuber heraus gelöst haben, die Frauen in Gruppen eingekesselt und massiv bedrängt und attackiert haben.

(訳)夜9時ごろから約500人の「乱暴者の大集団」が駅前広場に集まり、打ち上げ花火やロケット花火をお互いにまた無関係な人々や警察に打ち始めた。そのグループは2時間の間に約1000人に膨れ上がり、NRW州内相のラルフ・イェーガーによれば、彼らが暴力行為の背景を形成した。この大群衆から、女性をグループで取り囲みしつこくからんで攻撃した暴力犯、強盗が発生した。

 つまり約1000人の群衆を背景にしてその混乱を利用する形で犯人グループが犯行に及んだということである。これを1000人の犯人というのは、満員電車で痴漢がいた場合、その車両にいた乗客全員を痴漢呼ばわりするようなものだ。「痴漢冤罪ガー」派はこのような報道に強く抗議するべきである。そういえば、日本で暴行事件があれば必ず現れる「冤罪だー」とか「女性が刺激的だー」とか「用心が足りない。自己責任だー」という意見を見ないのは不思議な事だ。

 

 この「1000人犯人」説はドイツでも大衆紙が拡散したので、ドイツ語の記事でもその記述を見つけることは可能だろうがそれは信頼に値するものではない。なおネットで拡散されている動画はエジプトのものでケルンとは無関係であり悪質なデマである。他にもハンガリーでの写真をケルンと偽ったものや、はては被害者に事件について沈黙するように要求した誓約書が捏造されている。

 

次は「メディアの沈黙」を取り上げる。