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ケルン集団暴行事件 日本の報道を検証する(4)

3.デマゴギーのテクニック

 

  ではマーン記事の以下の節を取り上げて検証、分析する。

ドイツの「集団性犯罪」被害届は100件超!それでもなぜメディアは沈黙し続けたのか? タブー化する「難民問題」 | 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 | 現代ビジネス [講談社]

不自然な「事なかれ主義」的発表

しかし、私が絶対におかしいと思うのは、なぜ、この事件が、4日の夜になって、初めて全国報道されたのかということだ。ケルンの知人に確認したとこ ろ、2日も3日も、地元の新聞にも載らなかったという。そして4日以降、その沈黙の理由に触れた報道も、私の調べた限り一つもない。

おかしいことはまだある。たとえば第1テレビのオンライン版では、普段ならニュースの末尾に読者のコメントが掲載されるのに、この事件に限って、コメント欄が影も形もない。

さらに調べてみると、ケルニッシェ・ルントシャウという新聞のオンライン版に、1月1日にすでに事件の詳細が載っていたことがわかった。それによれば、午前1時ごろ、パニックに陥った人々が線路に逃れ、列車の運行が一時停止したという。

なのに、翌日、警察は、この夜は「広範囲にわたって平安」であったと発表したということが、かなり皮肉っぽく描かれている。

「警察の出動回数は、傷害(80回)、騒乱(76回)、器物破損(20回)で、その数は去年のレベルと同程度。消防だけが出動回数867回で、去年よりも多かった」

消防の出動はあちこちで起こった放火によるものだ。

警察の「事なかれ主義」的発表はかなり不自然だ。案の定、これらが明るみに出て以来、ケルン警察は集中砲火を浴びており、6日には署長の辞職問題にまで発展している。

 これまで見たとおり「メディアの沈黙」とは、ケルン警察の拙劣な情報公開によるローカルメディアと全国的メディアの間に生じたタイムラグとして説明可能である。これを念頭におけばマーン記事がおかしなことがわかる。冒頭で「全国報道」というからにはそれ以前のケルンローカルの報道の存在は認めているのかと思えば、「ケルンの知人に確認したところ、2日 も3日も、地元の新聞にも載らなかった」といい、ところがまたそれをひっくり返して 明記されていないがケルンの地方紙である「ケルニッシェ・ルントシャウという新聞のオンライン版に、11日にすでに事件の詳細が載っていたことがわかった」と述べる。1日には載っていたが、23日には載っていなかったので矛盾ではないという訳だろうか。だがちょうど載らなかった日だけを選んで「地元の新聞にも載らなかった」というのはごまかしに過ぎない。そもそも実際には「ケルニッシェ・ルントシャウ」は2日も3日も続報を出している。

Nach Belästigungen in der Silvesternacht: Kölner Polizei hat eine Ermittlungsgruppe gegründet | Köln - Kölnische Rundschau

Übergriffe auf Frauen in Köln: Fünf Männer festgenommen | Newsticker - Kölnische Rundschau

 それ以外にもローカルメディアが伝えている事は以前リンクで示したとおりである。それらを見つけることができなかったのは勿論「ケルンの知人」であり、彼女には責任はないのだろう。またこの類の人にはいつも都合のいい属性や経験を持った「知人」がいるが、それは彼らの人徳のなすところなのだろう。

 さらにその沈黙の理由を述べた報道は「一つもない」そうだが、既に何回か引用したツァイト紙のまとめの最初のバージョンは5日に出ているし、さらに同じ5日には

Vorfälle in der Silvesternacht: Übergriffe auf Frauen in Köln - Faktencheck | tagesschau.de

という記事もあり以下の項目も存在する。

In sozialen Medien wurde kritisiert, dass Medien erst vier Tage nach den Übergriffen berichteten. Woran lag das?  

Am Neujahrstag hatte die Polizei zunächst von einer ruhigen Silvesternacht gesprochen. Zwar gab es einzelne Schilderungen auf Facebook, doch die Polizei hatte am Neujahrstag zunächst noch keine Anzeige. Erst am Abend des 2. Januar wurde bekannt, dass bei der Polizei mittlerweile 30 Anzeigen eingingen und ein eigenes Team für diese Fälle gegründet wurde. Das ganze Ausmaß kam aber erst in einer Pressekonferenz der Polizei an diesem Montag heraus.

(訳)ソーシャルメディアでは、メディアが事件から4日後にようやく報道したことが批判されている。それはなぜだったのか?

元旦に警察は当初は平穏な大晦日の夜と発表していた。確かにフェイスブックには個別に報告があがっていたが、警察は元旦にはまだ告発を受け取っていなかった。12日の夕方に初めて警察にその間に30件の告発がなされ、この事件についての捜査班が結成された事が発表された。しかし事件全体の規模は月曜日の警察の記者会見で初めて明るみに出た。

 そしてこれを彼女が見つけることができなかったのは非常に不思議な事だ。なぜならこの記事は彼女が直後で言及している「第1テレビのオンライン版」の記事だからだ。因みに彼女が張っているリンクだが、これをクリックした人は殆どいないと思うが、それは記事には飛ばない。その先は文字通り第1テレビ(ARD)のTV番組紹介欄トップである。その次のケルニッシェ・ルントシャウのリンクも言及された記事ではなくニュース欄トップにつながるだけである。

 それではその記事を見てみよう。

Unruhige Silvesternacht in Köln: Frauen am Hauptbahnhof belästigt – Beinahe Massenpanik am Dom | Köln - Kölnische Rundschau

 彼女によれば「11日にすでに事件の詳細が載っていたことがわかった。それによれば、午前1時ごろ、パニックに陥った人々が線路に逃れ、列車の運行が一時停止したという。」 これもまた「配慮」の行き届いた表現で主語を曖昧にしているが、普通に読めば「(中央駅前集団暴行)事件」の詳細の一つがこのパニックということになるだろう。しかしこのパニックは記事中では駅前での暴行事件とは別の出来事である。

Eine Stunde später wäre die Situation auf dem Fußweg der Hohenzollernbrücke Richtung linkes Rheinufer beinahe eskaliert. Als in der drangvollen Enge eine größere Gruppe versucht habe, umzudrehen, sei es zu Angstzuständen und Panik gekommen, schilderte ein Beteiligter der Rundschau. Viele seien aus Furcht, erdrückt zu werden, über das Geländer auf die Gleise gesprungen. Der Zugverkehr über die Brücke musste zeitweise eingestellt werden. Die Polizei habe dann die Gleise wieder frei gemacht. Auch in diesem Fall gab es zum Glück keine Verletzten.

(訳)一時間後にはホーエンツォレルン橋のライン川左岸方向の歩道で危険な状況になった。押し合いへし合いの中、大き目の集団が方向転換しようと試みたとき、不安とパニックが引き起こされたと、その場にいた人が記者に述べた。多くの人が圧死する事を恐れてその場から線路の上に飛び降りた(この橋の歩道の横は鉄道になっている(訳注))そうである。橋での列車運行は一時的に停止され、警察はその後線路を再び通行可能にした。幸運な事にこの件でも怪我人は出なかった。

 そして記事は以下のように続く。

Abgesehen von den drastischen Ausnahmen bezeichnete die Polizei die Stimmung als „weitgehend friedlich“. Die Beamten mussten hauptsächlich wegen Körperverletzung (80 Einsätze), Ruhestörung (76) und Sachbeschädigung (20) einschreiten. Die Einsatzzahlen lagen in etwa auf dem Niveau des Vorjahres.

Mehr zu tun als in der Silvesternacht 2014/2015 hatte hingegen die Feuerwehr. Wehrleute und Rettungsdienste fuhren insgesamt 867 Einsätze. „Unverantwortlicher Umgang war in den meisten Fällen die Hauptursache“, zog Feuerwehrsprecher Jörg Seemann gestern eine ernüchternde Bilanz.

(訳)これらのあからさまな例外を除けば警察は雰囲気は「概ね平穏」であったと述べた。警察は主に傷害(80件)、騒音(76件)、器物損壊(20件)に対処し、出動件数はおおよそ去年と同じレベルであった。

 それに対して2014/2015の大晦日に忙しかったのは消防隊であった。消防隊と救急隊は計867件の出動を行った。「無責任な取り扱いが殆どの件で主要な原因でした。」消防局のヨルグ・ゼーマン広報担当は昨日総括した。

 これを「かなり皮肉っぽく」と取るのはまず無理である。引用符にかすかな皮肉が感じられなくもないが、これを普通の引用符と読んでもおかしくはない。恐らく彼女の周囲には常に誠実で真面目な人物しかおらず、皮肉を聞いたりする事がないのであろう。それよりも酷いのはRuhestörung を 騒乱と訳している事だ。Ruhestörungとは騒音、照明、振動等によって住居内の静寂が乱されることであり、「騒乱」(手元の辞典によれば「事変が起こって、社会の秩序が混乱すること 」)とは全く異なる。まして警察が出動する騒乱罪といえば「多衆が集合して暴行・脅迫を行うことにより公共の平穏を侵害することを内容とする犯罪類型 」である。

 だがさらに酷い明確な捏造が「消防の出動はあちこちで起こった放火によるものだ」である。放火に当たる表現は記事中のどこにもない。消防局広報のいう「無責任な取り扱い」とはその対象が明記されていないが、それが何かは明らかである。勿論新年を祝う花火である。

  つまり簡単に言えば彼女はこの記事を利用して話を「盛った」のだ。彼女の記事が正しければ大晦日のケルンは地獄のような様相だったであろう。駅前では1000人の外国人が集団で女性を襲い、市内800箇所から火の手が上がり、さらに70箇所以上で暴動が発生しているのだ。いったい「放火」して回っているのは誰なのだろうか?

 

 馬鹿馬鹿しい?つまりマーン記事は事実についての調査や叙述ではないし何かを論証しようとしているのでもないということだ。彼女は自分を主人公とした「物語」を語っているに過ぎない。すなわちこれは私小説がそうであるのと同じ意味で純粋なフィクションなのである。物語の登場人物が、その後彼を待ち受ける運命を知らないように、「ケルンの知人」から事件の報道がない事を聞いた彼女は、ケルニッシェ・ルントシャウが既に報道していることを知らない。そして「物語」の時間が経過しそれを知った時点では、ケルンからの情報は既に過去に属しておりそれを訂正する事はできないしする必要もない。その「物語」の時間経過を読者はその始めから終わりへと読み進む際に追体験し、彼女の立場に感情移入する。その中での個々の要素を比較して矛盾と見なす事は彼らにはできない。それは登場人物の視点ではなく物語全体を鳥瞰する超越的視点において可能になるからだ。だから彼らは4日以前には報道がなかったということと、あったということを共に信じる事ができる。「Aである」と「Aでない」は彼らにとって矛盾ではない。なぜなら「Aである」と主張している間は「Aでない」とは言っておらず、逆もまたそうである。彼らにとって矛盾とはその両者を「同時」に主張する事なのだ。

 ゆえにデマゴーグは矛盾を恐れる必要はない。またたとえ「物語」の綻びから矛盾が露呈しても問題はない。むしろ矛盾は残しておくべきものである。正に矛盾こそがデマを駆動するからだ。誰も進んで他者に思考を委ねたくはない。彼らは騙されることより自らを欺く事を選ぶ。それはドイツの悪名高き大衆紙ビルトの宣伝コピーを思い起こさせる。“BILD dir deine eigene Meinung!“(ビルト あなたにあなた自身の意見を!このコピーはbildを動詞として読めば、あなた自身の意見を形成せよ、という命令にも読める。まるで映画「ゼイリブ」である)矛盾は読者が解決するべき課題である。「現実」の一部だけを取り出しその間隙を読者に積極的に埋めさせよう。彼らはありとあらゆるアドホックな仮説を考え出すだろう。そうすればそれはもう彼ら自身の「固有」の意見なのだ。

 

 次回は「自由にものの言える国?」かな?