ケルン集団暴行事件 日本の報道を検証する(3)

2.メディアは「沈黙」したのか?(続)

 

 ではなぜこの件について特別に「沈黙」が取り沙汰されるかというと、前記事で挙げた報道の多くが地方紙のものであり(最初の「フォークス」は全国的な週刊誌。最後の「南ドイツ新聞」は全国紙)、他の全国的なメディアが報道したのが4日以降になったからである。その間の経緯は「南ドイツ新聞」のWarum die Medien so spät über Köln berichteten - Medien - Süddeutsche.de(なぜメディアはケルンについてそんなに遅れて報道したのか)に詳しい。長いのでかいつまんでまとめる。翻訳、要約に疑問があればリンク先の本文を参照されたい。

 まず新年にソーシャルメディアで最も話題にされていたのはケルンの事件ではなくミュンヘンのテロ警報で、メディアの注意もそちらの方に向いていた中、ケルンの地方紙が事件を次々と報道し始めたが、警察は事件を認めたが詳細も統計も明らかにしなかった。2日の午後になって警察は捜査班を結成した事を発表したが未だに詳細は言及されず、それがその日の夕方dpa(ドイツ通信社)によって配信されたが重要度は一番低い扱いに過ぎなかった。それが2日の南ドイツ新聞の短い記事になった。そして編集部は人員が少ない休日体制だった3日日曜日、警察は5人の容疑者の逮捕を発表。dpaによって短い記事になったが、それが全国メディアの唯一の報道だった。一方ケルンの地方紙Expressは被害者のインタビューを掲載し、捜査関係者から警察は最大100人の犯人、35人の被害者を想定していると報道した。この時点で右派が主張しているようなSNSの「炎上」の証拠はない。数人の被害者が普段は中古品が売買されているフォーラムに報告を書いただけでツイッターでも大きな話題にはならなかった。そして4日午後、レカー・ケルン市長とアルバース警察本部長の会見のあと始めて大きな話題となった。

 以上が事件発生から4日までの経過である。要するに4日の会見まで全国的に報道するような大きな事件と見なされておらず、それが「メディアの沈黙」を引き起こしたことになる。その原因はケルン警察の情報公開の拙さにある。

 前にも引用したツァイト紙のまとめÜbergriffe an Silvester: Was geschah in Köln? | ZEIT ONLINにはまさに「警察またはメディアは何かをもみ消そうとしたのか?」という項があり、ケルン警察の迷走がよく分る。

 Haben Polizei oder Medien etwas vertuscht?

Der Vorwurf, Medien hätten die Öffentlichkeit nicht oder zu spät informiert, stimmt so nicht. Im Polizeibericht am Neujahrsmorgen war zwar schon von der Räumung des Platzes die Rede, dort wurde die Einsatzlage aber als "entspannt" bezeichnet. Der damalige Kölner Polizeipräsident Albers kritisierte diese erste polizeiliche Einschätzung der Lage im Nachhinein auf einer Pressekonferenz am Dienstag. "Diese erste Auskunft war falsch." Von den sexuellen Übergriffen und Taschendiebstählen habe die Polizei dann erst durch die Anzeigen der Opfer im Laufe des 1. Januar erfahren. Allerdings legen Ermittlungsberichte und Aussagen von Polizisten nahe, dass der Behörde die sexuellen Übergriffe schon in der Silvesternacht bekannt waren. 

(訳)メディアが公共に対して情報を与えなかった、または与えるのが遅すぎたという非難は事実と合っているとはいえない。新年朝の警察発表では確かに広場からの(群集の(訳注))排除には言及されていたが。そこではそれが「穏便に」と描写されていた。当時のアルバース・ケルン警察本部長はこの最初の警察の状況評価を「この最初の情報は誤っていた」とあとから火曜日の会見で批判した。性的暴行やスリについては警察は1月1日に被害者の届け出によって知ったという。しかしながら警官の捜査報告と証言によれば当局は大晦日には性的暴行について知っていたと思われる。

Am Neujahrstag richtete die Polizei dann eine Sonderkommission ein. Am 2. Januar teilte sie mit, dass bei verschiedenen Vorfällen in der Silvesternacht Frauen Opfer von Übergriffen wurden. Sie benannte auch das laut Zeugen "nordafrikanische Aussehen" der Tatverdächtigen. Damit ging die Polizei bereits zwei Tage nach dem Vorfall auf die Herkunft der Täter ein – ein Punkt, der angeblich verschwiegen worden sei.

(訳)元旦には警察は特別捜査班を設置。2日には大晦日の複数の事件で女性が暴行の被害を受けた事を発表。その際証言によって容疑者の「北アフリカ的外見」に言及。事件の2日後に犯人の出自を取り上げた、この点が黙秘されていたとされる。

 

Kölns Oberbürgermeisterin Henriette Reker kritisierte die Polizei wegen der schleppenden Kommunikation in den Tagen nach den Übergriffen. "Es ist doch sehr deutlich, dass sie auch nach Tagen einen anderen Informationsstand hatte, als er bei der Polizei zu diesem Zeitpunkt vorhanden war", sagte Rekers Sprecher Gregor Timmer. Es lasse Fragen zur Strategie der Polizei zu, wenn nun zunehmend Details der Einsätze an die Öffentlichkeit gelängen. "Es könnte da politische oder auch taktische Motive geben." Auch NRW-Innenminister Ralf Jäger warf der Kölner Polizei vor, falsch reagiert zu haben. Polizeipräsident Wolfgang Albers ist wegen des Polizeieinsatzes bereits in den vorzeitigen Ruhestand versetzt worden.

(訳) ヘンリエッテ・レカー・ケルン市長は事件後の警察の緩慢なコミニュケーションを批判した。レカー市長のグレゴール・ティマー広報担当は「警察はその時点で警察に あったのとは別のインフォスタンド(パンフを置く机(訳注))を何日も立てておいたのは明白だ。」と述べ、警察行動の詳細を小出しに公表するような警察 の作戦には疑問符がつくとした。「それには政治的か策略的な動機があるかも知れない。」NRW州のラルフ・イェガー内相も警察の誤った対応を非難した。ヴォルフ ガング・アルバース本部長はその警察行動のために早期退職させられた。

すると問題になるのは、なぜケルン警察がその様な対応をしたのかということになるが、それは現在のところまだ不明であり今後調査委員会の報告を待たなければならないが、ケルン警察は大晦日の夜に増援を要請しなかったどころか、増援の申し出を断っている事が分っている。Übergriffe in Köln: Polizeipräsident Albers in einstweiligen Ruhestand versetzt | ZEIT ONLINE

 Leitstelle und Kölner Polizei hätten nach Angaben der Duisburger Stelle die ganze Nacht in Verbindung gestanden. Der Kölner Polizei sei sogar Verstärkung angeboten worden, als sich die Situation verschärfte. Das Angebot wurde ausgeschlagen. "Mir ist keine konkrete Begründung bekannt", sagte der Sprecher laut Stadt-Anzeiger.  

(訳)デュイスブルグ指令センターによればセンターとケルン警察は夜通し連絡を取っていた。状況が悪化した時、ケルン警察に増援の提供を申し出たが、それは断られた。Stadt-Anzeiger紙によれば広報担当は「具体的な理由は分らない」と述べた。

 加えてアルバース本部長は14年にもフーリガンのデモを押さえ込むことに失敗し多くの怪我人を出し批判されていた。Hooligans gegen Salafisten (Hogesa): Analyse zum Polizei-Einsatz in Köln - SPIEGEL ONLINEすると同様の失策を繰り返したため、事件を矮小化しようとした可能性もあるだろう(私の推測)。

 

勿論、こんな情報は陰謀論者には無意味である。なにせメディア記事に基づいているのだから。ただマーンらの言う「メディアのシナリオに合わない」からとか「自主規制」というのは各メディアの相違を無視している。例えば保守的なフランクフルターアルゲマイネ(FAZ)は以前から公共放送ARD・ZDFがメルケルの難民政策よりの報道をし過ぎると批判してきたが、そのFAZも事件について報道したのは4日であった。彼らが沈黙する理由は何だろうか?

 

ところでそうこうする間にやっとプロによる記事が現れた。ケルン暴力事件で露わになった「文明の衝突」:日経ビジネスオンラインブコメに訳の分らない事を書いているのがいるが、事件の描写は私の記事と同じでそれが正しい事が証明された(ドイツ紙を訳しただけだから当たり前だ)。「文明の衝突」などという問題の多い概念を見出しに持ってくるところなど全く同意できないが、もう少し早く公開してくれたら私が書かなくても良かったのにと腹たったので、記事の最後のメルケルのエピソードの描写が間違えている(慰めた後に厳しい言葉を言ったのではなくその逆)というどうでもいい間違いを指摘しておく。(笑)

www.youtube.com

 

では次回はマーン記事のデタラメを暴きます。

 

 (追記)熊谷氏の記事をきちんと読んだが概ねCSU(メルケルのCDUの友党でバイエルン地域政党、CDUよりさらに保守的)あたりの認識と一致する内容で、ドイツでの議論のスペクトルをカバーしたものとは言い難い。よって幸か不幸か私が記事を書く意味はある訳だ。