ケルン集団暴行事件 日本の報道を検証する(4)

3.デマゴギーのテクニック

 

  ではマーン記事の以下の節を取り上げて検証、分析する。

ドイツの「集団性犯罪」被害届は100件超!それでもなぜメディアは沈黙し続けたのか? タブー化する「難民問題」 | 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 | 現代ビジネス [講談社]

不自然な「事なかれ主義」的発表

しかし、私が絶対におかしいと思うのは、なぜ、この事件が、4日の夜になって、初めて全国報道されたのかということだ。ケルンの知人に確認したとこ ろ、2日も3日も、地元の新聞にも載らなかったという。そして4日以降、その沈黙の理由に触れた報道も、私の調べた限り一つもない。

おかしいことはまだある。たとえば第1テレビのオンライン版では、普段ならニュースの末尾に読者のコメントが掲載されるのに、この事件に限って、コメント欄が影も形もない。

さらに調べてみると、ケルニッシェ・ルントシャウという新聞のオンライン版に、1月1日にすでに事件の詳細が載っていたことがわかった。それによれば、午前1時ごろ、パニックに陥った人々が線路に逃れ、列車の運行が一時停止したという。

なのに、翌日、警察は、この夜は「広範囲にわたって平安」であったと発表したということが、かなり皮肉っぽく描かれている。

「警察の出動回数は、傷害(80回)、騒乱(76回)、器物破損(20回)で、その数は去年のレベルと同程度。消防だけが出動回数867回で、去年よりも多かった」

消防の出動はあちこちで起こった放火によるものだ。

警察の「事なかれ主義」的発表はかなり不自然だ。案の定、これらが明るみに出て以来、ケルン警察は集中砲火を浴びており、6日には署長の辞職問題にまで発展している。

 これまで見たとおり「メディアの沈黙」とは、ケルン警察の拙劣な情報公開によるローカルメディアと全国的メディアの間に生じたタイムラグとして説明可能である。これを念頭におけばマーン記事がおかしなことがわかる。冒頭で「全国報道」というからにはそれ以前のケルンローカルの報道の存在は認めているのかと思えば、「ケルンの知人に確認したところ、2日 も3日も、地元の新聞にも載らなかった」といい、ところがまたそれをひっくり返して 明記されていないがケルンの地方紙である「ケルニッシェ・ルントシャウという新聞のオンライン版に、11日にすでに事件の詳細が載っていたことがわかった」と述べる。1日には載っていたが、23日には載っていなかったので矛盾ではないという訳だろうか。だがちょうど載らなかった日だけを選んで「地元の新聞にも載らなかった」というのはごまかしに過ぎない。そもそも実際には「ケルニッシェ・ルントシャウ」は2日も3日も続報を出している。

Nach Belästigungen in der Silvesternacht: Kölner Polizei hat eine Ermittlungsgruppe gegründet | Köln - Kölnische Rundschau

Übergriffe auf Frauen in Köln: Fünf Männer festgenommen | Newsticker - Kölnische Rundschau

 それ以外にもローカルメディアが伝えている事は以前リンクで示したとおりである。それらを見つけることができなかったのは勿論「ケルンの知人」であり、彼女には責任はないのだろう。またこの類の人にはいつも都合のいい属性や経験を持った「知人」がいるが、それは彼らの人徳のなすところなのだろう。

 さらにその沈黙の理由を述べた報道は「一つもない」そうだが、既に何回か引用したツァイト紙のまとめの最初のバージョンは5日に出ているし、さらに同じ5日には

Vorfälle in der Silvesternacht: Übergriffe auf Frauen in Köln - Faktencheck | tagesschau.de

という記事もあり以下の項目も存在する。

In sozialen Medien wurde kritisiert, dass Medien erst vier Tage nach den Übergriffen berichteten. Woran lag das?  

Am Neujahrstag hatte die Polizei zunächst von einer ruhigen Silvesternacht gesprochen. Zwar gab es einzelne Schilderungen auf Facebook, doch die Polizei hatte am Neujahrstag zunächst noch keine Anzeige. Erst am Abend des 2. Januar wurde bekannt, dass bei der Polizei mittlerweile 30 Anzeigen eingingen und ein eigenes Team für diese Fälle gegründet wurde. Das ganze Ausmaß kam aber erst in einer Pressekonferenz der Polizei an diesem Montag heraus.

(訳)ソーシャルメディアでは、メディアが事件から4日後にようやく報道したことが批判されている。それはなぜだったのか?

元旦に警察は当初は平穏な大晦日の夜と発表していた。確かにフェイスブックには個別に報告があがっていたが、警察は元旦にはまだ告発を受け取っていなかった。12日の夕方に初めて警察にその間に30件の告発がなされ、この事件についての捜査班が結成された事が発表された。しかし事件全体の規模は月曜日の警察の記者会見で初めて明るみに出た。

 そしてこれを彼女が見つけることができなかったのは非常に不思議な事だ。なぜならこの記事は彼女が直後で言及している「第1テレビのオンライン版」の記事だからだ。因みに彼女が張っているリンクだが、これをクリックした人は殆どいないと思うが、それは記事には飛ばない。その先は文字通り第1テレビ(ARD)のTV番組紹介欄トップである。その次のケルニッシェ・ルントシャウのリンクも言及された記事ではなくニュース欄トップにつながるだけである。

 それではその記事を見てみよう。

Unruhige Silvesternacht in Köln: Frauen am Hauptbahnhof belästigt – Beinahe Massenpanik am Dom | Köln - Kölnische Rundschau

 彼女によれば「11日にすでに事件の詳細が載っていたことがわかった。それによれば、午前1時ごろ、パニックに陥った人々が線路に逃れ、列車の運行が一時停止したという。」 これもまた「配慮」の行き届いた表現で主語を曖昧にしているが、普通に読めば「(中央駅前集団暴行)事件」の詳細の一つがこのパニックということになるだろう。しかしこのパニックは記事中では駅前での暴行事件とは別の出来事である。

Eine Stunde später wäre die Situation auf dem Fußweg der Hohenzollernbrücke Richtung linkes Rheinufer beinahe eskaliert. Als in der drangvollen Enge eine größere Gruppe versucht habe, umzudrehen, sei es zu Angstzuständen und Panik gekommen, schilderte ein Beteiligter der Rundschau. Viele seien aus Furcht, erdrückt zu werden, über das Geländer auf die Gleise gesprungen. Der Zugverkehr über die Brücke musste zeitweise eingestellt werden. Die Polizei habe dann die Gleise wieder frei gemacht. Auch in diesem Fall gab es zum Glück keine Verletzten.

(訳)一時間後にはホーエンツォレルン橋のライン川左岸方向の歩道で危険な状況になった。押し合いへし合いの中、大き目の集団が方向転換しようと試みたとき、不安とパニックが引き起こされたと、その場にいた人が記者に述べた。多くの人が圧死する事を恐れてその場から線路の上に飛び降りた(この橋の歩道の横は鉄道になっている(訳注))そうである。橋での列車運行は一時的に停止され、警察はその後線路を再び通行可能にした。幸運な事にこの件でも怪我人は出なかった。

 そして記事は以下のように続く。

Abgesehen von den drastischen Ausnahmen bezeichnete die Polizei die Stimmung als „weitgehend friedlich“. Die Beamten mussten hauptsächlich wegen Körperverletzung (80 Einsätze), Ruhestörung (76) und Sachbeschädigung (20) einschreiten. Die Einsatzzahlen lagen in etwa auf dem Niveau des Vorjahres.

Mehr zu tun als in der Silvesternacht 2014/2015 hatte hingegen die Feuerwehr. Wehrleute und Rettungsdienste fuhren insgesamt 867 Einsätze. „Unverantwortlicher Umgang war in den meisten Fällen die Hauptursache“, zog Feuerwehrsprecher Jörg Seemann gestern eine ernüchternde Bilanz.

(訳)これらのあからさまな例外を除けば警察は雰囲気は「概ね平穏」であったと述べた。警察は主に傷害(80件)、騒音(76件)、器物損壊(20件)に対処し、出動件数はおおよそ去年と同じレベルであった。

 それに対して2014/2015の大晦日に忙しかったのは消防隊であった。消防隊と救急隊は計867件の出動を行った。「無責任な取り扱いが殆どの件で主要な原因でした。」消防局のヨルグ・ゼーマン広報担当は昨日総括した。

 これを「かなり皮肉っぽく」と取るのはまず無理である。引用符にかすかな皮肉が感じられなくもないが、これを普通の引用符と読んでもおかしくはない。恐らく彼女の周囲には常に誠実で真面目な人物しかおらず、皮肉を聞いたりする事がないのであろう。それよりも酷いのはRuhestörung を 騒乱と訳している事だ。Ruhestörungとは騒音、照明、振動等によって住居内の静寂が乱されることであり、「騒乱」(手元の辞典によれば「事変が起こって、社会の秩序が混乱すること 」)とは全く異なる。まして警察が出動する騒乱罪といえば「多衆が集合して暴行・脅迫を行うことにより公共の平穏を侵害することを内容とする犯罪類型 」である。

 だがさらに酷い明確な捏造が「消防の出動はあちこちで起こった放火によるものだ」である。放火に当たる表現は記事中のどこにもない。消防局広報のいう「無責任な取り扱い」とはその対象が明記されていないが、それが何かは明らかである。勿論新年を祝う花火である。

  つまり簡単に言えば彼女はこの記事を利用して話を「盛った」のだ。彼女の記事が正しければ大晦日のケルンは地獄のような様相だったであろう。駅前では1000人の外国人が集団で女性を襲い、市内800箇所から火の手が上がり、さらに70箇所以上で暴動が発生しているのだ。いったい「放火」して回っているのは誰なのだろうか?

 

 馬鹿馬鹿しい?つまりマーン記事は事実についての調査や叙述ではないし何かを論証しようとしているのでもないということだ。彼女は自分を主人公とした「物語」を語っているに過ぎない。すなわちこれは私小説がそうであるのと同じ意味で純粋なフィクションなのである。物語の登場人物が、その後彼を待ち受ける運命を知らないように、「ケルンの知人」から事件の報道がない事を聞いた彼女は、ケルニッシェ・ルントシャウが既に報道していることを知らない。そして「物語」の時間が経過しそれを知った時点では、ケルンからの情報は既に過去に属しておりそれを訂正する事はできないしする必要もない。その「物語」の時間経過を読者はその始めから終わりへと読み進む際に追体験し、彼女の立場に感情移入する。その中での個々の要素を比較して矛盾と見なす事は彼らにはできない。それは登場人物の視点ではなく物語全体を鳥瞰する超越的視点において可能になるからだ。だから彼らは4日以前には報道がなかったということと、あったということを共に信じる事ができる。「Aである」と「Aでない」は彼らにとって矛盾ではない。なぜなら「Aである」と主張している間は「Aでない」とは言っておらず、逆もまたそうである。彼らにとって矛盾とはその両者を「同時」に主張する事なのだ。

 ゆえにデマゴーグは矛盾を恐れる必要はない。またたとえ「物語」の綻びから矛盾が露呈しても問題はない。むしろ矛盾は残しておくべきものである。正に矛盾こそがデマを駆動するからだ。誰も進んで他者に思考を委ねたくはない。彼らは騙されることより自らを欺く事を選ぶ。それはドイツの悪名高き大衆紙ビルトの宣伝コピーを思い起こさせる。“BILD dir deine eigene Meinung!“(ビルト あなたにあなた自身の意見を!このコピーはbildを動詞として読めば、あなた自身の意見を形成せよ、という命令にも読める。まるで映画「ゼイリブ」である)矛盾は読者が解決するべき課題である。「現実」の一部だけを取り出しその間隙を読者に積極的に埋めさせよう。彼らはありとあらゆるアドホックな仮説を考え出すだろう。そうすればそれはもう彼ら自身の「固有」の意見なのだ。

 

 次回は「自由にものの言える国?」かな?

 

 

ケルン集団暴行事件 日本の報道を検証する(3)

2.メディアは「沈黙」したのか?(続)

 

 ではなぜこの件について特別に「沈黙」が取り沙汰されるかというと、前記事で挙げた報道の多くが地方紙のものであり(最初の「フォークス」は全国的な週刊誌。最後の「南ドイツ新聞」は全国紙)、他の全国的なメディアが報道したのが4日以降になったからである。その間の経緯は「南ドイツ新聞」のWarum die Medien so spät über Köln berichteten - Medien - Süddeutsche.de(なぜメディアはケルンについてそんなに遅れて報道したのか)に詳しい。長いのでかいつまんでまとめる。翻訳、要約に疑問があればリンク先の本文を参照されたい。

 まず新年にソーシャルメディアで最も話題にされていたのはケルンの事件ではなくミュンヘンのテロ警報で、メディアの注意もそちらの方に向いていた中、ケルンの地方紙が事件を次々と報道し始めたが、警察は事件を認めたが詳細も統計も明らかにしなかった。2日の午後になって警察は捜査班を結成した事を発表したが未だに詳細は言及されず、それがその日の夕方dpa(ドイツ通信社)によって配信されたが重要度は一番低い扱いに過ぎなかった。それが2日の南ドイツ新聞の短い記事になった。そして編集部は人員が少ない休日体制だった3日日曜日、警察は5人の容疑者の逮捕を発表。dpaによって短い記事になったが、それが全国メディアの唯一の報道だった。一方ケルンの地方紙Expressは被害者のインタビューを掲載し、捜査関係者から警察は最大100人の犯人、35人の被害者を想定していると報道した。この時点で右派が主張しているようなSNSの「炎上」の証拠はない。数人の被害者が普段は中古品が売買されているフォーラムに報告を書いただけでツイッターでも大きな話題にはならなかった。そして4日午後、レカー・ケルン市長とアルバース警察本部長の会見のあと始めて大きな話題となった。

 以上が事件発生から4日までの経過である。要するに4日の会見まで全国的に報道するような大きな事件と見なされておらず、それが「メディアの沈黙」を引き起こしたことになる。その原因はケルン警察の情報公開の拙さにある。

 前にも引用したツァイト紙のまとめÜbergriffe an Silvester: Was geschah in Köln? | ZEIT ONLINにはまさに「警察またはメディアは何かをもみ消そうとしたのか?」という項があり、ケルン警察の迷走がよく分る。

 Haben Polizei oder Medien etwas vertuscht?

Der Vorwurf, Medien hätten die Öffentlichkeit nicht oder zu spät informiert, stimmt so nicht. Im Polizeibericht am Neujahrsmorgen war zwar schon von der Räumung des Platzes die Rede, dort wurde die Einsatzlage aber als "entspannt" bezeichnet. Der damalige Kölner Polizeipräsident Albers kritisierte diese erste polizeiliche Einschätzung der Lage im Nachhinein auf einer Pressekonferenz am Dienstag. "Diese erste Auskunft war falsch." Von den sexuellen Übergriffen und Taschendiebstählen habe die Polizei dann erst durch die Anzeigen der Opfer im Laufe des 1. Januar erfahren. Allerdings legen Ermittlungsberichte und Aussagen von Polizisten nahe, dass der Behörde die sexuellen Übergriffe schon in der Silvesternacht bekannt waren. 

(訳)メディアが公共に対して情報を与えなかった、または与えるのが遅すぎたという非難は事実と合っているとはいえない。新年朝の警察発表では確かに広場からの(群集の(訳注))排除には言及されていたが。そこではそれが「穏便に」と描写されていた。当時のアルバース・ケルン警察本部長はこの最初の警察の状況評価を「この最初の情報は誤っていた」とあとから火曜日の会見で批判した。性的暴行やスリについては警察は1月1日に被害者の届け出によって知ったという。しかしながら警官の捜査報告と証言によれば当局は大晦日には性的暴行について知っていたと思われる。

Am Neujahrstag richtete die Polizei dann eine Sonderkommission ein. Am 2. Januar teilte sie mit, dass bei verschiedenen Vorfällen in der Silvesternacht Frauen Opfer von Übergriffen wurden. Sie benannte auch das laut Zeugen "nordafrikanische Aussehen" der Tatverdächtigen. Damit ging die Polizei bereits zwei Tage nach dem Vorfall auf die Herkunft der Täter ein – ein Punkt, der angeblich verschwiegen worden sei.

(訳)元旦には警察は特別捜査班を設置。2日には大晦日の複数の事件で女性が暴行の被害を受けた事を発表。その際証言によって容疑者の「北アフリカ的外見」に言及。事件の2日後に犯人の出自を取り上げた、この点が黙秘されていたとされる。

 

Kölns Oberbürgermeisterin Henriette Reker kritisierte die Polizei wegen der schleppenden Kommunikation in den Tagen nach den Übergriffen. "Es ist doch sehr deutlich, dass sie auch nach Tagen einen anderen Informationsstand hatte, als er bei der Polizei zu diesem Zeitpunkt vorhanden war", sagte Rekers Sprecher Gregor Timmer. Es lasse Fragen zur Strategie der Polizei zu, wenn nun zunehmend Details der Einsätze an die Öffentlichkeit gelängen. "Es könnte da politische oder auch taktische Motive geben." Auch NRW-Innenminister Ralf Jäger warf der Kölner Polizei vor, falsch reagiert zu haben. Polizeipräsident Wolfgang Albers ist wegen des Polizeieinsatzes bereits in den vorzeitigen Ruhestand versetzt worden.

(訳) ヘンリエッテ・レカー・ケルン市長は事件後の警察の緩慢なコミニュケーションを批判した。レカー市長のグレゴール・ティマー広報担当は「警察はその時点で警察に あったのとは別のインフォスタンド(パンフを置く机(訳注))を何日も立てておいたのは明白だ。」と述べ、警察行動の詳細を小出しに公表するような警察 の作戦には疑問符がつくとした。「それには政治的か策略的な動機があるかも知れない。」NRW州のラルフ・イェガー内相も警察の誤った対応を非難した。ヴォルフ ガング・アルバース本部長はその警察行動のために早期退職させられた。

すると問題になるのは、なぜケルン警察がその様な対応をしたのかということになるが、それは現在のところまだ不明であり今後調査委員会の報告を待たなければならないが、ケルン警察は大晦日の夜に増援を要請しなかったどころか、増援の申し出を断っている事が分っている。Übergriffe in Köln: Polizeipräsident Albers in einstweiligen Ruhestand versetzt | ZEIT ONLINE

 Leitstelle und Kölner Polizei hätten nach Angaben der Duisburger Stelle die ganze Nacht in Verbindung gestanden. Der Kölner Polizei sei sogar Verstärkung angeboten worden, als sich die Situation verschärfte. Das Angebot wurde ausgeschlagen. "Mir ist keine konkrete Begründung bekannt", sagte der Sprecher laut Stadt-Anzeiger.  

(訳)デュイスブルグ指令センターによればセンターとケルン警察は夜通し連絡を取っていた。状況が悪化した時、ケルン警察に増援の提供を申し出たが、それは断られた。Stadt-Anzeiger紙によれば広報担当は「具体的な理由は分らない」と述べた。

 加えてアルバース本部長は14年にもフーリガンのデモを押さえ込むことに失敗し多くの怪我人を出し批判されていた。Hooligans gegen Salafisten (Hogesa): Analyse zum Polizei-Einsatz in Köln - SPIEGEL ONLINEすると同様の失策を繰り返したため、事件を矮小化しようとした可能性もあるだろう(私の推測)。

 

勿論、こんな情報は陰謀論者には無意味である。なにせメディア記事に基づいているのだから。ただマーンらの言う「メディアのシナリオに合わない」からとか「自主規制」というのは各メディアの相違を無視している。例えば保守的なフランクフルターアルゲマイネ(FAZ)は以前から公共放送ARD・ZDFがメルケルの難民政策よりの報道をし過ぎると批判してきたが、そのFAZも事件について報道したのは4日であった。彼らが沈黙する理由は何だろうか?

 

ところでそうこうする間にやっとプロによる記事が現れた。ケルン暴力事件で露わになった「文明の衝突」:日経ビジネスオンラインブコメに訳の分らない事を書いているのがいるが、事件の描写は私の記事と同じでそれが正しい事が証明された(ドイツ紙を訳しただけだから当たり前だ)。「文明の衝突」などという問題の多い概念を見出しに持ってくるところなど全く同意できないが、もう少し早く公開してくれたら私が書かなくても良かったのにと腹たったので、記事の最後のメルケルのエピソードの描写が間違えている(慰めた後に厳しい言葉を言ったのではなくその逆)というどうでもいい間違いを指摘しておく。(笑)

www.youtube.com

 

では次回はマーン記事のデタラメを暴きます。

 

 (追記)熊谷氏の記事をきちんと読んだが概ねCSU(メルケルのCDUの友党でバイエルン地域政党、CDUよりさらに保守的)あたりの認識と一致する内容で、ドイツでの議論のスペクトルをカバーしたものとは言い難い。よって幸か不幸か私が記事を書く意味はある訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケルン集団暴行事件 日本の報道を検証する(2)

2.メディアは「沈黙」したのか?

マーン記事によれば

難民の男性たちが関わっているだろうと皆が思っているが、報道ではそれは伏せられ、今のところ 「捜査は難航し、犯人は特定されておらず、動機もわからない」とか。

 「関 わっている」という表現にも「配慮」が感じられるが、皆が思えばそれだけでその憶測が報道されるべきだというのだろうか。なお外見的な情報から難民だと結 論する事など勿論できない。トルコ系を始めとして非白人でドイツ国籍を持っているものは特に大都市では珍しくない。

 ここでまず二種類の「沈黙」を区別するべきである。ひとつは事件の存在そのものについてであり、もうひとつは犯人の属性についてである。前者についてメディアの沈黙は被害者の存在を考えれば許されるものではない。だが後者は別である。犯人についてその宗教、出自などはそれらが犯罪行為と直接関係したものでない限り報道するべき必然性はない。それは場合によってはマイノリティに対する偏見を助長する事にしかならず、被害者の救済とも無関係である(被害者が差別主義者でない限り)。ましてや容疑者も確保されていない段階で不確実な情報で属性を公表する事になんらメリットはない。それを許されない沈黙だと考えるのは、それをもって差別扇動を目論む者だけである。正に彼らの要求事体が安易な公表をするべきではない理由なのである。

  よってここでは前者の意味での「沈黙」だけを問題にする。マーン記事だけでなくこれに言及している記事は、既に挙げた難民のせい? ドイツの集団性的暴行が大波紋(木村正人) - 個人 - Yahoo!ニュース であり、

政治家もメディアも警察も事を荒立てるのを恐れて、事件について口を閉ざしました。事件を報じなかった公共放送はソーシャルメディアで謝罪しました。

また同じ筆者のケルンの集団性的暴行で激震に見舞われるドイツ 揺れる難民受け入れ政策 | 木村正人 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイトでも

移民排斥を恐れ報道自主規制 

ドイツではイスラム排斥を公然と唱える極右勢力が不気味な広がりを見せ、昨年、難民の施設を狙った放火などの犯罪行為が887件も起きている。ケ ルンの集団性的暴行をニュースで取り上げれば、難民排斥の口実に使われるという自粛の心理が人権派ジャーナリストや政治家に働いたのだろう。

 これらの記述はCologne sex attacks: Search for answers - BBC News

Is there a taboo about the perpetrators?

Soon after reports emerged that the men involved were of Arab or North African appearance, anti-immigration campaigners seized on the incident as an example of Germany's failed asylum policy.

Some suggested Germany's media had been hesitant to report on the attacks for fear of stirring far-right sentiment, after the arrival of more than a million migrants and refugees in the past year.

Public broadcaster ZDF later apologised on social media because it failed to report on the mass assaults on its Monday evening news bulletin.

 が元ネタではないかと推測されるが、具体的な記述はドイツ公共放送のZDFが謝罪したということに留まる。その謝罪を実際に見てみる。ZDF heute - タイムラインの写真 | Facebook

Warum die heute 19Uhr-Sendung am Montag nicht über Köln berichtete.

"Die Nachrichtenlage war klar genug. Es war ein Versäumnis, dass die 19-Uhr-heute-Sendung die Vorfälle nicht wenigstens gemeldet hat. Die heute-Redaktion entschied sich jedoch, den geplanten Beitrag auf den heutigen Tag des Krisentreffens zu verschieben, um Zeit für ergänzende Interviews zu gewinnen. Dies war jedoch eine klare Fehleinschätzung.

(訳)なぜ月曜日19時の”heute”(番組名)放送でケルンについて報道がなかったか。

 ニュースの情勢は十分に明確だったにもかかわらず19時のheuteでその事件を全く報道しなかったことは怠慢でした。heuteの編集局はしかし予定されていた放送を、補足的なインタビューのための時間を確保するために危機対応会合の今日へと延期することを決定したのですが、これは明らかに誤った判断でした。

 すなわち、BBCの記事にはきちんと言及されているようにZDFの謝罪は全国メディアが報道を始めた14日の夜のニュースに取り上げなかったことについてであり、それまで報道しなかったことではない。つまりZDFは事件発生から14日 まで報道をしなかったという誤りを認めたのではない。勿論、その弁明を疑うことは可能でありそれは「自主規制」だったのかも知れない。だが他のメディアが 一斉に報道する中での「自主規制」など意味を成さないだろう。事件の重要性を過小評価して後回しにしたというのも十分あり得る事である。

 そもそも1月4日以前に報道がなかったというのは明らかな誤りである。ネオナチ・PEGIDAに典型的な ”Lügenpresse”(「嘘報道機関」、ネトウヨの言ういわゆる「マスゴミ」と同じ)というデマである。日以前に既に以下の報道が為されている。

 In der Silvesternacht: Frauen am Kölner Hauptbahnhof sexuell belästigt - Köln - FOCUS Online - Nachrichten

Unruhige Silvesternacht in Köln: Frauen am Hauptbahnhof belästigt – Beinahe Massenpanik am Dom | Köln - Kölnische Rundschau

Köln: Serienweise Übergriffe auf Frauen am Bahnhof

Hauptbahnhof Köln: Übergriffe auf Frauen - Polizei nimmt fünf Männer fest

http://www.ksta.de/koeln/-sexuelle-belaestigungen-sote-in-der-silvesternacht-,15187530,33047730.html

(注 ブコメで間違ったリンクを張っていたことに気づきました。こちらが正しい)

Etliche Übergriffe auf Frauen zu Silvester in Köln - Panorama - Süddeutsche.de

 他に見つけることができなかったがいくつか報道があったそうだが、これらだけでもメディアが「沈黙」などしていない事を示すに十分だろう。

(この項続く)

 

 

 

 

 

 

 

ケルン集団暴行事件 日本の報道を検証する(1)

 20151231日に発生したケルン中央駅での集団暴行事件について、日本のメディアで流されている情報が酷い。問題の性質上、排外主義者が飛びついてデマを拡散しているが、それに対して主要メディアの報道は不十分、またはそれ自体問題のあるものであり、私が一瞥した範囲ではブログ、ツイッターでもカウンター情報は殆ど見られない。戦争責任問題にしろ、脱原発にしろ日本にとって目の上のたんこぶであるドイツについては、これまでも「全てをナチの責任にした!」、「フランスの原発に依存してる!」などというデマが流されてきたが、今後この件もデマの温床となる可能性が高い。

 

 この事件についてはドイツメディアによるFAQもあり、それを翻訳すれば本来内容的には事たれるのだが、日本語の記事で最もブクマを集めており、レイシストによって盛んに引用されている職業デマゴーグ川口マーン惠美によるドイツの「集団性犯罪」被害届は100件超!それでもなぜメディアは沈黙し続けたのか? タブー化する「難民問題」 | 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 | 現代ビジネス [講談社]を看過するわけには行かない。よってこの記事への批判をベースに各問題点を取り上げる。このマーンの記事はネオナチ、PEGIDA(「西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人」 )支持者に典型的なものである。

 

 詳細に入る前に、この記事の悪質な点は犯人が「難民」であると直接に表現する事を避けながら、読者をそれに誘導している事である。容疑者の中に「難民申請者」が含まれている事はこの記事の時点では判明していない。そもそも彼女自身が「容疑者はまだ一人も上がっていない 」と述べている。だが事件の描写である第1節から、「メディアの沈黙」を間において第3節で「難民問題」を取り上げることで「犯人は難民である」という命題にそれを明言することなく確実に誘導をしている。恐らく彼女は批判に対して私はただ感想を連ねただけでそういう主張はしていないと抗弁するであろう。まさに職業デマゴーグの面目躍如といったところだ。このような「配慮」はこの記事の他の点にも多々見られる。念のためだが、結果として容疑者に難民申請者が含まれていたことはこのような扇動をなんら正当化しない。以下個々の点について述べる。

 

1.1000人の難民が女性を襲った?

 マーン記事によれば(以下特記ない引用はこの記事から)

1000人以上の若い男性が暴徒と化し、大勢で若い女性を囲んでは、性的嫌がらせ、暴行、そして貴重品やスマホの強奪に及んだ。

 この犯罪行為に及んだのが1000人というのは、他の報道にも多く見られる。

 

ドイツ:ケルン暴行事件 難民申請者22人が関与の疑い - 毎日新聞

報道によると、中央駅周辺に集まった約1000人の男が、女性に向けて花火に火をつけたり、性的な嫌がらせをしたりしたという。

東京新聞:ドイツ難民犯罪 試される人道と理性:社説・コラム(TOKYO Web)

目の前にケルン大聖堂を仰ぐ中央駅前の広場で、約千人の男らが暴れ、複数のグループに分かれて女性らに暴行、金品を奪った。

 驚くべき事にBBCの日本語記事ですらご丁寧に誤訳している。大みそかの独ケルン駅集団暴行・窃盗、被害は500件以上に - BBCニュース

調べによると、犯人は約1000人。ケルン中央駅に集合してから少人数のグループに分かれて女性を取り囲んで襲い、所持品を奪ったと言う。

(英語版)“Authorities and witnesses say the attackers were among about 1,000 people, mostly men, who congregated at Cologne's central train station before breaking off into small groups that molested and robbed women.“

 また難民のせい? ドイツの集団性的暴行が大波紋(木村正人) - 個人 - Yahoo!ニュース

によれば

これまで121件の被害届が出され、その4分の3は性的暴行でした。現場には数千人の男が集まっており、16人の容疑者が特定されましたが、誰1人として逮捕されていません。

 だが中央駅前広場に「数千人の男」が集まっていたという情報はない。これらの記事はニュアンス、表現の違いはあっても、1000人に及ぶ男たちが犯行に及んだ事を示唆している。だがその実態は異なる。

 

 独ツァイト紙のFAQ Übergriffe an Silvester: Was geschah in Köln? | ZEIT ONLINE

 によれば

Am Silvesterabend hatten sich auf dem Vorplatz des Hauptbahnhofs etwa 1.000 Menschen versammelt, nach Aussagen der Polizei hauptsächlich junge Männer. Viele seien vom Alkohol enthemmt gewesen und hätten unkontrolliert Feuerwerkskörper abgebrannt. Die Stimmung sei aggressiv gewesen. Aus dieser Menschenmenge heraus seien Frauen umzingelt, angefasst und bestohlen worden.

(訳)大晦日の夜中央駅前の広場に警察の証言によれば若い男性を中心とした約1000人の人々が集まっていた。その多くはアルコールで自制心を失っており無茶苦茶に花火を打ち上げ、攻撃的な雰囲気であった。この群集の中から女性が囲まれて触られ盗まれた。

 

Auch die Zahl der Täter ist unklar. Die Größe der Tätergruppen variierte laut Zeugenaussagen von zwei oder drei bis zu 20 Personen, sagte die Polizei. Auf dem Bahnhofsvorplatz waren laut der Behörde am 1. Januar etwa 1.000 Feiernde. Die Taten wurden laut der Gewerkschaft der Polizei "aus einer mehr als 1.000 Personen umfassenden, stark alkoholisierten Menschenmenge" heraus begangen. Das heißt nicht, dass alle diese Menschen tatverdächtig sind. Wie viele mutmaßliche Täter in der Menge waren, ist unbekannt, sagte der Polizeipräsident am 5. Januar.

(訳)犯人の数も不明である。犯人グループの規模は目撃証言によれば23人から20人に及ぶ。警察によれば元日の駅前広場で約1000人が新年を祝っていた。犯行は警察組合によれば「1000人を超える泥酔した群集」から行われたが、それは彼ら全てが容疑者であるということではない。何人の容疑者がその中にいたかは不明であると15日に警察本部長は述べた。

 また公共放送ARDのFAQ Übergriffe in der Silvesternacht: Was wir über Köln wissen | tagesschau.deでも

Ab etwa 21 Uhr soll sich eine "große Masse an Störern" - etwa 500 Männer - auf dem Bahnhofsvorplatz befunden haben. Sie zündeten Böller und Raketen aufeinander, auf friedliche Besucher und auf Polizisten. Die Gruppe soll innerhalb von zwei Stunden auf etwa 1000 Männer angestiegen sein. Sie bildete, so NRW-Innenminister Ralf Jäger, die Kulisse für die Gewalttaten. Aus dieser großen Masse sollen sich Gewalttäter und Räuber heraus gelöst haben, die Frauen in Gruppen eingekesselt und massiv bedrängt und attackiert haben.

(訳)夜9時ごろから約500人の「乱暴者の大集団」が駅前広場に集まり、打ち上げ花火やロケット花火をお互いにまた無関係な人々や警察に打ち始めた。そのグループは2時間の間に約1000人に膨れ上がり、NRW州内相のラルフ・イェーガーによれば、彼らが暴力行為の背景を形成した。この大群衆から、女性をグループで取り囲みしつこくからんで攻撃した暴力犯、強盗が発生した。

 つまり約1000人の群衆を背景にしてその混乱を利用する形で犯人グループが犯行に及んだということである。これを1000人の犯人というのは、満員電車で痴漢がいた場合、その車両にいた乗客全員を痴漢呼ばわりするようなものだ。「痴漢冤罪ガー」派はこのような報道に強く抗議するべきである。そういえば、日本で暴行事件があれば必ず現れる「冤罪だー」とか「女性が刺激的だー」とか「用心が足りない。自己責任だー」という意見を見ないのは不思議な事だ。

 

 この「1000人犯人」説はドイツでも大衆紙が拡散したので、ドイツ語の記事でもその記述を見つけることは可能だろうがそれは信頼に値するものではない。なおネットで拡散されている動画はエジプトのものでケルンとは無関係であり悪質なデマである。他にもハンガリーでの写真をケルンと偽ったものや、はては被害者に事件について沈黙するように要求した誓約書が捏造されている。

 

次は「メディアの沈黙」を取り上げる。